Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ドミトリーより安いマイホームホテルに泊まっています



朝7時半に奄美市のホテルを、雨の中を出発して空港へ走った。風は向かい風で雨というと、サイクリングには最悪である。海は波が高く白波で、とても南国のエメラルドグリーンは味わえない。そんな道中だったが途中、素敵な建物のパン屋さんから笑顔で挨拶されたので、自転車を止めた。『奄美きょら海工房』という、若者が元気に働くお店で、黒糖パンや黒糖ケーキなどを作るところを見せて、カフェもやっている。白と黒を巧みに操った建築もすばらしい。パンと黒糖を一つづつ買って、全員の見送りで店を出た。空港に着き、1日早いが鹿児島空港乗り換えで羽田に帰ることにして、自転車を解体した。もう解体は慣れたもので、すぐに出来てしまった。チケットはなんと4万4900円もするのだが仕方ない。名古屋から来た飛行機に乗る前に、名物の『長寿弁当』を食べた。羽田には3時半頃着いたが、自転車を預け入れするために空港内を探し回り、ANAのあるターミナルまでようやく着いた。この間、柳瀬川にサケを放す問題で、マニアックな自然保護グループのメールチェーンで、私が悪者扱いされたような表現が多々あったので、厳重に抗議し陳謝を求めたり
していたので、だんだん不愉快になり、ホテルより自宅に帰ることにした。喜んだのはママさんで、半袖で寒くてしようがない私を迎えに所沢駅まで来てくれた。一緒に八丈島に行くのだが、羽田に一人で行くのは心細いらしい。ところが、八丈島は大荒れの天気なので、1日出発を遅らせるかと思う。
またプロペラ機で雨の奄美大島に


天気予報は当たらない方が良い場合がある。しかし、今日の沖縄地方から奄美地方は当たり過ぎだと思うほどの大雨で、奄美空港から奄美市までの32キロは大変だった。空港で自転車を組み立てているとタクシー運転手が暇そうに話しかけて来て、昼御飯は旧名瀬市に行く途中の『ばしゃやま村』で戻りカツオでも食べたらというので寄ってみたら、なかなかのハイクラスレストランである。入口で東京東久留米の夫婦が話しかけて来て写真まで撮った。レストランは最高のシチュエーションの浜辺を見ながらである。しかし、メニューはどれも高く、タクシー運転手にからかわれたのかと思ったが、注文した『焼き魚定食』はとても旨かった。1600円は高くなかったので、お勘定の時に『旨かったよ』と伝えたら若いスタッフは大変喜んだ。奄美市までは長いトンネルがあり、雨以外は楽に走れた。『ホテルニュー奄美』に着く前に学校帰りの子供達を観察したら、どしゃ降りの雨なのに傘を差さない子供いて、中には裸足で歩いてズックを持っている子供もいるのだ。ホテルは自転車をロビー前に置かせてくれ、洒落たロープスタンドを置いてくれたのは感謝した。明日は雨は上が
れば良いな。
与那国空港に朝8時前から8時間カンズメ後に石垣空港から那覇に


与那国島の雨はものすごい音がするので朝方目が醒めてしまった。朝食後に、フェリーが欠航なので飛行機のキャンセル待ちに切り替えるために7時半頃に着いたが五番目だった。自転車を解体してフクロに入れて、1便目の11時35分を待ったが、残念ながら4番目迄しか乗れずに『落選』してしまった。しかも、1度は呼ばれて自転車などを検査してたら、予約の若者が来てしまいました。残念。親切な職員は申し訳なさそうに恐縮してくれたので、笑顔で「大丈夫ですよ。今日中に那覇に着けば良いのだから…」と告げたら、ホッとしたようだ。キャンセル待ちの間は地元の人とも楽しく話し合って、自転車旅行の話しが盛り上がった。残念会は一人なので盛り上がらず、寂しく『与那国そば』とビールを飲んだ。午後4時の2便目はなんと『プロペラ機』だ。パイロットにスチュワーデスが一人だ。風や雨は一段と強くなってきたので、正直大いに心配したが35分で無事に石垣島空港にソフトランディングしてくれたので、思わず拍手してしまった。那覇空港に着いたのは6時過ぎ。20分で自転車を組み立てて旭橋の東横イン迄走ったが、コマーシャルではないが『ホッとした
』のだ。日曜日は60才以上は3割引で嬉しい。久しぶりにシャワーでなく風呂にゆっくり浸かり、ケンタッキーを食べて無事を祝うと、ホテルも5年目でお祝い品もゲットしてしまった。昨夜はブログも書かずにベッドの味を味わい寝てしまったので、5時前から起きてブログを書いている。今日もフェリーはダメだろう。
日本最西端の与那国島をマラソン大会と走る




石垣島のドミトリーを朝7時半頃出て、離島ターミナルで朝ごはんを食べた。与那国島行きフェリーは10時なので、ドミトリーに戻って自転車の空気を入れてから与那国島行きフェリーターミナルに行ったら、大阪高槻市の青年とあれこれ話した。フェリーには8時半から乗船出来たが、かなり古いフェリーで、ちょっと心配した。与那国島の久部良には2年半頃着いた。さっそく与那国島一周マラソン大会の選手と走ると島民から「還暦日本一周自転車旅行のおじさん、頑張って〜」と、大きな声援をもらった。私は約24キロを2時間で走ったが、結構アップダウンロードなのでキツかった。『琉球の風』や『ドクター・コトー』のオープンセットがあり、キツかったけど楽しく走った。日本最西端の碑前では緊張した。宿は『てぃだん=太陽』という民宿にお願いした。ところで、今朝8時15分頃にNHKラジオで、私のメールが又読まれたという。入間市の平岡さんや小手指の高松さん、そして沖縄糸満市の平和祈念堂の比嘉正詔所長さんから電話をもらった。明日は雨模様だがフェリーで石垣島に戻ってから、飛行機で那覇市に行きます。
西表島を走り、『石垣カット』(ビューレックス)は最高




小浜島を朝7時半の高速船で石垣島に戻ってから、8時半の船で西表島上原に40分で着いた。さっそく有名な星砂の浜辺に行ったら、きつい上りで着いたがビーチには自転車では行けなかった。行きの船では、坂戸市のスイミング仲間が10人程と出会い大いに励まされたのだ。日高市や入曽の女性は特に親しく激励してくれた。一路、30キロメートルある、大原港を目指して走ったが風が向かい風であり、アップダウンロードなので、正直な話キツかった。エメラルドグリーンの海は素晴らしいけど、暑くて暑くて疲労度は増してくる。由布島に着いたのは11時半頃だったが、『猪狩家』という1軒家で『タコライス』を食べた。旨かったし、地元の人懐っこい人から励まされた。大原港から石垣島に戻って、前泊のドミトリーに行きビールをキャベツの『ゴリラカット』で飲み床屋を探して、ゆい通りのビューレックスという床屋に入った。ママさんがバリカンの刃を換えて小気味良くカットしてから、ヒゲソリ後に顔マッサージが抜群に気持ち良いのだ。つぎは旦那が手のひらのマッサージや腕のマッサージをトコトンやってくれるのだ。次のシャンプーでも、次の整髪完了前に
も心のこもったマッサージをしてくれた。疲れた身体に最高のマッサージをしてくれた。終了後にアイスコーヒーが出て4000円である。私は『日本一周して各地で床屋をするが最高だった』と絶賛した。又来ますよ、と言って名刺を渡してドミトリーに戻っています。これから、隣の食堂でヤラブ丼を食べたいです。これが実に旨いのだ。試作品の『養食焼き』もソースを研究したというので食べなくちゃね。飲み過ぎないようにしますゃ。


